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2016.04.27 Wednesday

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    ​それに似ている

    2014.01.13 Monday

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      義母を含み家族全員で、お正月に、初詣に出かけた。
      その時は、晴れていて、比較的暖かく、真冬の割には寒さは厳しくないと感じられた。
      が、義母は、車から降りるなり牛欄牌回收、コートの上にショールを頭からすっぽりと、ぐるぐる巻きにした。
      こんなに暖かいのに、なんで、そこまでするのだろう?と、わたしは不思議に思い、
      「極寒のシベリアのおばあさんじゃないんだし、そこまで、ぐるぐる巻きにしなくても、今日は暖かいですよ」
      と一言、もらした。

      すると、義母は、
      「若い人には老いの苦しみが、絶対にわからない」と、しんみり言った。

      なんだか、う、と胸にこたえた。

      そう言われても、やはり、わからないものは、わからない。
      こんなに暖かい日に、なぜ、あんなにぐるぐる巻きにするのか。寒くないのに。風もないのに。

      体感温度が違うのかも知れない。
      体温調節機能が衰えているのか。


      以前、職場の人に言われたことを思い出した。
      その人は、幼いお子さんを亡くされた経験がある。
      「子供を失った悲しみは、失った者にしかわからない」と、搾り出すように言われた。
      わたしは、無神経な発言をした覚えはない。
      なにかの拍子で、そんな感情が湧き出てきたのだろう。

      しかし、その時は、自分にはなにも思い当たることがないのに、そういう風に、まるで責められるかのように言われると、
      非難されているような気になって、暗く沈んでしまった。
      身に覚えはないのだが、強制的に罪悪感のようなものを呼び起こされた。

      それに似ている。
      理解できないというものは、そういうことだ牛欄牌回收
      じつに、残酷なものである。

      子供が、無垢な目で、誰か他人の、大きく傷のある顔や身体の一部を指差し、
      「これ、なに?なぜ、こんなにヘンなの?」と、訊ねるのと似たようなものか。
      経験や脳が未熟で、相手を思いやることができない。決して悪意があるわけではない。

      自分は、どうもない、でも、悲劇の人に、「あんたなんかに、わかるまい」と言われると、
      とても複雑な気持ちになる。
      どうも何事もないこと、安泰なことが、申し訳ない様な、そんな気になる。


      老いに関しては、いずれ、わたしも同じことを娘や嫁に言っていることだろう。
      その時、はじめて、義母の、老いの辛さが身にしみて、しみじみわかることだろう。

      老いだけでなく、病気や、人生の不幸を背負っている人の苦しみは、
      アタマの中で理解しようとしても、なかなか本当に、自分がその立場に実際になってみないとわからないだろう。

      娘たちに、ぼろくそ言われたとしても、いずれ、彼女たちも年をとり、老いがやってきて、はじめてわかることに違いない。
      (福祉介護に従事している人は、仕事上、老いの現実を知っているだろうけれど。
      それは、老いの苦しみをわかる、理解することとはまた別だと感じる)
      不幸に関しては、不幸の経験がない人が、へんに同情したりするのは、同情される側は、神経に障るかも知れない。
      同じ体験、経験をした人たちが同じ悩み、痛みをシェアするほうが自然治癒につながるかも知れない。


      しかしながら、老いは、不幸か?
      だれもが必ず、やってくること。
      それが嫌なら、若くして早死にするしかない。

      「年をとって老いて、なにもいいことがない」と、数年前、実母に、ぼやかれたことがある。
      「そんなことはないわよ。年をとってもいいことがあるよ」
      と言ったら、母に、「じゃあ何がある?」と、聞き返され、返事に困った。

      赦す、とか、あきらめる、とか、達観する如新nuskin產品、とか、弱さを認める、とか、
      完璧を求めること、現状を維持することに対して、
      手綱を締める、ブレーキをかける、そういう精神力で、マイナス点をプラスに押し上げるのか。
      (認知症は、病気なので、また違うが)

      どんどん現状(肉体・精神)が悪化していくなかで、でも、生きていかなければいけない。
      医療の進歩もある。ちょっとや、そっとじゃ、死なない。
      これは、やはり、経験したものでないとわからないだろう。

      ・・・

      だから、どうなの?
      なんなの?

      ああ、結論が出ない。
      (ちょっと今日のスケジュール、時間が迫ってきて、焦っているせいもある)
      暗いけれど、必ず直面する問題は、さておいて、育児時間に切り替えです。
      接する年齢が上がったり下がったり、ジェットコースターのような、
      4世代間においては、中間層の、中間管理職おばあちゃんだ。

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      2016.04.27 Wednesday

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